自殺したいと相談されたら、あなたならどうするか?

誰か知ってる人から、あるいは知らない人からでも、ある日突然「自殺したい」と相談を持ちかけられたら、あなたならいったいどうするだろう。多くの人なら「自殺はいけないことだ」とか、「ご両親が悲しむから」と言って、「だから自殺はやめなさい」と言うことが多いだろう。

けれど、そういう説得は自殺をしたいと思っている人にとっては何の意味ももたないことが多い。なぜなら「自殺する以外に今その人が抱えている悩みを解決する方法がない」と、それほどまでに悩んでいるから。

だから、「なぜ自殺する以外に解決する方法が見つからない」のか、それについて親身に相談に乗って話しを聞いてくれたほうが有難い。決して話しをすることによって解決することが出来なくとも、話しを聞いてもらい、お互いに意見を交わすことで気が紛れ、楽になるってことがとても多いと思う。「自殺」そのものについて語るより、「自殺をしたいほど悩んでいること」について相談に乗ってもらうほうが、とても有難い。そういうものなのだ。

それに自殺を本気で考えている人にとって、そもそも自殺をいけないことだ、なんて何の説得力もなく、何の根拠もないことくらい気が付いている。

なぜ自殺がいけない?
なぜ命が尊い?
命が大切だなんて言ってる人ほど、普段は命のことなんて考えもしないくせに。

「自殺」=「死」である。つまり自殺することはすべての終わりを意味する。私たち人間のほとんどは「死」というものに対して、未知であるがゆえに恐れを抱き、避けようと考える。それは死んだ人間が決して生き返らない、という事実に基づくからである。死後の世界があるかどうかも分からない、あったとしても、そこがどんな世界なのかも行ったことがないから当然誰にも分かりはしないという事実。それが「死」への恐怖心を増大する。未知なるものに対する恐怖心は動物が持つ本能のようなものかも知れない。

しかし「死」はすべての終わりを意味するのだから、今こうして悩み、苦しみ、もがき苦しんでいる苦痛から解放され、すべてを一瞬のうちに終わりに出来る方法は「自殺」しかない。だから、自殺が良いとか悪いとか、命が大切だとか重たいだなんて理屈は、自殺したいと考えている人にとって何の意味も持たないことなのだ。

「死」のその向こうに、死後の世界があるのか、ないのか、そんなこともどうでも良いことだったりする。大切なことは、「今の苦痛」から開放されることなのだ。

さて、誰かに自殺したいと相談を持ちかけられたら、どうすれば良いのだろう。

私はブログにも書いたことがあるとおり、中学生くらいのころからずっと自殺願望を持つ人間である。その立場から言わせていただくと、悩みの相談にのってもらうこと、そして美味しい食事をしたり楽しい時間を一緒に過ごして、「また一緒に楽しい時間を過ごそうぜ」と言ってくれることだろうと思う。つまり平たい言い方をすれば、この世に何か未練となるものを作ってあげることだ。

「自殺」に対抗できる唯一の武器は「未練」なんだと思う。
好きな音楽が聞きたい。好きなアーティストは次にどんな作品を聞かせてくれるのだろう。
美味しい食事がしたい。あの美味しいレストランは次にどんな新しいメニューを作ってくれるだろう。
そしてそんな未練を一緒に味わってくれる人が近くにいてくれること。
「一緒に楽しもうぜ」
そう言ってくれる友人がいてくれること。

私は自殺しようと考える立場の人間として、そう思う。

大切なことは、「自殺がいけないことだ」とか「死んじゃいけない」などと言うことより、「自殺したいと考えるほど悩み苦しんでいることを理解してあげること」なのだと、私は思う。

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