「潔い人」と言われる生き方

以前にも紹介した「「潔い人」と言われる生き方」という本だが、いろいろあって途中まで読んでそのままになっていた。昨年末に刊行された本だと思うが、半年振りに続きを読もうと思って、CAFE VELOCEという喫茶店に持ち込み、読んだ。私の住んでいる街にあるCAFE VELOCEは店が大きくて広いので、読書をするには最適な場所なのだ。よく学生が試験勉強をしている姿も目にする。

もともとこの本を買おうと思ったきっかけは、「潔い」という漢字が好きだという理由があった。「いさぎよい」と読むこの漢字を表紙に見たとき、すぐに手にとって見たのだが、さらに本の帯に書いてある文章に惹きつけられた。

「自分の欲や保身ばかりに執着し、嘘をつき、言い訳し、他人をおとしいれる・・・。
そんな無様(ぶざま)な生き方はもう止めにしませんか!」


当たり前のことなんだけれど、言われてみないと改めて気が付くことの少ない言葉だと思う。最近はコムスンやNOVAといった最大手の企業による不正発覚、不二家やミートホープによる食品業界の偽装表示問題など、人間は悪人ばかりなんじゃないかと疑いたくなるような事件ばかり続いていて、うんざりしていた。

これらの問題は、会社組織の体質にあると思う。ミートホープ社の社長は牛肉100%と表示された冷凍コロッケに豚肉等を混ぜていたのに、最初は知らぬ存ぜずの態度を示していた。それなのに元職員を名乗る人物などがマスコミで真実を暴露し始めたら、態度は変わって偽装を認めた。

こういった会社組織による不正事件は、否定できるギリギリ限界まで否定し続けるのが、もうお決まりの対応に思う。そして隠し切れなくなったときに初めて謝罪会見を開く。

この本の中では次のような記述がある。


 インチキなものをつくっている。ウソの誇大な広告をして、消費者を騙す。社員に不正な行為がまかり通っていて、取引先からリベートをもらうのが習慣になっている。
 そういう会社に勤めていて、リベートを受け取るのを潔しとしない社員がいたら、ほかの社員はやりにくくて仕方がない。当然、同じように受け取ることを強要する。それを断ると、耳元でこうささやく。
 「みんなと同じようにしたほうが、自分のためだよ。このことは、部長もすべて知っていて、認めていることなのだから・・・・。」と。
 実際、組織の中で、あるいは取引先との関係において潔さを貫こうとすれば当然、あつれきが起こるだろう。それを是としないなら、告発するか、退職するかしかない。
 しかし、告発した結果、会社にとどまったとしても、ヒーローにはなれない。社内のモラルが改善され、そのことを喜ぶ人がいても、彼を大事にはしない。なぜなら、会社を裏切ったわけでもあるからだ。
 人間としては潔くても、会社側の論理としては「潔くない人間」ということになる。どちらの「潔さ」が正しいかは明白だが、どちらの論理の「潔さ」で生きるか、人間社会を生きるには、つねにそういう判断も求められる。

***門 昌央、河出書房より***


私は前職での生き方も含めて、会社側の勝手な論理による「潔い人間」にはなりたくないと思う。やはりその会社を裏切る行為だと非難されるとしても、自分の生き方に恥ずかしくない生き方をしたい。そう信じて生きて行きたいと思う。ひとりよがりの勝手な妄想だよ、と言われるとしてもね。それが私という人間であり、私としての生き方なのだから。



追伸/
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この記事へのコメント

ロコ
2007年07月02日 16:12
北海道ご出身ですか?
富良野のラベンダー
7月が見ごろでしょうね!

カフェで読書、
落ち着いてじっくり読めるでしょう。
2007年07月02日 18:32
自分は大学出るまでずっと北海道でした。
ちょうど今頃からラベンダーの季節でしょうね。富良野のラベンダーと美瑛のパッチワークの丘は大好きなドライブコースです。

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