院長先生から学んだ大切なこと

私は以前、埼玉県のとある病院に勤めていたことがある。あるとき院長先生に声を掛けられたことがきっかけだったが、それはまさに運命的としか言いようのない出会いだった。今から思い返しても、後にも先にもあんな出会いはない。

院長(現在は医療法人となり、理事長に就任している)は、私の性格や癖などを瞬時にして見抜いたようで、その病院での職場環境は非常に恵まれた状態だった。自分で言うのも変な話しだけれど、私は規則などで縛り付けられたりするのが大の苦手な性格だ。

院長は私に好きなパソコンでの仕事を与え、その仕事を完成させるためなら、時間もパソコンも自分の好きなように使って良いという指示をした。必要なものがあれば買って構わないし、必要なものの品定めもすべて任されていたし、仕事の期限や仕事の進め方・方法も決めないというスタイルで病院内の仕事を進めたのである。自分の自由なスタイル、自由な発想で仕事が出来ることは楽しかったし、有難かった。

しかしその半面で、病院というのはどの職種の職員も、患者の対応に日々追われ、時間との闘いで仕事をしている人ばかりだ。私のようにコンピューターの置かれている一室に閉じこもって黙々と自由に仕事をしている人物と言うのは、理解しがたいものだったようだ。

実際、最初の数年間は院内の職員から冷たい視線を浴びせられることがほとんどで、正直つらい日々を過ごすことが多かった。

「私たちはこんなに忙しい思いをしているのに、あの人は暇そうにして何をしているの?」

とでも言わんばかりだ。

そんな私を察してか、院長は私にこう言ったことがあった。

「いつか必ず正しい評価というものが、あとからついて来るから。」

今、理不尽な扱いを受けていたとしても、必ずいつかは正しい評価となって見直されるときが来る、という意味だ(もちろん間違ったことをしていれば、その評価も必ずついて来る)。

だから自分は他の職員たちとは違うスタイルで仕事をしていたけれど、必ず自分のやっている仕事が認めてもらえるときが来るはずだ、と信じていた。

数年が経ち、あるときを境にして私への評価が一変することになった。

患者用に作成していた毎月更新する外来診療の案内、院内の廊下に張り出しているすべての掲示物、MRIやCTなど予約制だった検査の予約管理帳簿、その他院内のほとんどの書類や印刷物は、実はすべて私が作っているということが知れ渡った。それと同時に看護婦や技師たちから「これを作っていたのはあなただったのか!」と言われるようになったのだ。

それ以後、私はあらゆる職種(医師、看護婦、技師、事務員を問わず)から認められて仕事が出来るようになった。


私は今でも院長先生の言ってくれた言葉を忘れずにやって行こうと思っている。先生の言ってくれたあの言葉はとても意味深い言葉だ。今、どんなに理不尽な扱いを受けていたとしても、必ずいつかは正しい評価となって自分にかえって来る日が来る。

裏を返せば、不正なことをして表面上正しく繕っていたとしても、必ずいつかはそれに対する正しい評価が自分にかえって来る、ということだ。

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